今回お話を聞いたのは、44歳で看護師として働く独身女性です。
高校卒業後はずっとフリーター。35歳を過ぎた頃、「このままでは嫌だ」と看護師を目指すことを決め、37歳で看護学校に入りました。
なぜ看護師だったのか。40歳で新人になることに迷いはなかったのか。看護師になって、暮らしはどう変わったのか。お話を聞きました。
【三苫有希さん(仮名)のプロフィール】
年齢:44歳/職業:看護師/神奈川県在住
※プライバシー保護のため、仮名で掲載しています。
フリーターが恥ずかしくて婚活をやめた

――看護学校に入る前は、どんな仕事をしていたんですか?
高校を卒業してから看護学校に入るまで、ずっとフリーターでした。20代の頃は、コンビニとか居酒屋とか。あまり人には言っていないんですけど、時給がよかったので雀荘でもアルバイトをしました。
――当時、収入や働き方に不安はありましたか?
20代前半は不安なんて全くなかったです。目の前のことしか考えていなくて、好きな人がどうしたとか、友達とケンカしたとか、そういう悩みしかなかったですね。仕事のことも将来のことも全く考えていなくて、その時が楽しければいいやって感じで。
雀荘で一度、常連のおじさんに「なんでこんなところで働いてるの? ここで働いてても、なんの技術も身につかないよ」って言われたことを、今でもすごく覚えています。その時は意味が分からなかったんですけど、今なら痛いほど分かります。
――いつ頃から将来を意識するようになったんですか?
25歳を過ぎたあたりからです。友達が就職して数年経ち、仕事の話をするようになった頃に、自分と比べてしまって「私はバイトしかしてない」と危機感を覚えました。みんなが「仕事」って言っているのに、私は「バイト」って言うのも嫌でしたね。
――そこから看護学校に入るまで、何か行動は起こしましたか?
27歳のときに、「英語ができれば何か変わるかも」と思って、オーストラリアにワーキングホリデーに行きました。でも1年で帰国して、結局はまたフリーターに戻ったんですけど。
――英語を身につけて、就職に役立てようと思ったということですか?
そうですね。英語を使う仕事ができるかなと思っていました。でも結局、あまり英語は身につきませんでした。シェアハウスも日本人が多かったし、働いていた日本食レストランも日本人ばかりで、英語を話さなくても生活できちゃったんです。何やってんだって話ですよね。
――帰国後は、どんなアルバイトをしていたんですか?
前のバイトは辞めていたので、帰国後はコールセンターでアルバイトをしました。最初はクレーム対応が大変だったんですけど、慣れてしまえば平気でした。途中で1回バイト先を変えて、2社で働きました。どちらも人間関係がよくて、時給もよかったので、居心地はよかったです。
――コールセンターで働いているとき、将来の不安などはありましたか?
はい。ちょうど友達に小さい子どもがいる時期で、友達は結婚して子育てして未来があるのに、自分はバイトでこの先どうなるんだろうとか思ったりしてました。
32歳くらいだったと思うんですけど、彼氏もいなくて「ヤバい、一生独身かも」と思って、婚活を始めました。でも出会った相手に、仕事を聞かれて「コールセンターでアルバイトをしています」と言うのが恥ずかしかったんですよね。だんだん自信がなくなって、婚活はやめちゃいました。
――お相手はコールセンターのアルバイトについてどういう反応をされましたか?
特に何か言われたとかはなくて、嫌な思いもしたことはないんですが、相手がどう思うかというより、自分が自分のことをそういうふうに見ていたんだと思います。
――どんな婚活をしていたんですか?
マッチングサイトです。それしかしてないです。こんなこと誰にも言えないんですが、本当は子どもも産みたかったので、あの時、結婚相談所とかで本気で婚活していればって、ちょっと後悔しているのが本音です。
「これしかない」と思って37歳で看護学校へ

――看護師を目指そうと思ったのは、どんなきっかけでしたか?
35歳を過ぎたくらいから、「このまま40代、50代になっても、フリーターなのかな」と想像したら、やっぱり恥ずかしいなと思って。ずっと自分がフリーターっていうのがコンプレックスだったんですよね。
それで、最初はなんでもいいから正社員になろうかと思っていたんですけど、30代後半で正社員の経験がないと、どこも雇ってもらえないだろうなと思って。それで、専門職を勉強して就職しようと考えました。
これからの時代は医療系が強いかなと思って、最初は理学療法士を考えたんですが、学費が3年で400万円くらいかかって、とても払えないので、看護師にしました。看護学校の学費は割と安くて、3年で150万円くらいなんですよね。しかも、卒業後に系列病院で2年間働けば返済が免除になる制度があるんです。「これしかない」と思いました。
――看護学校に通っている間の生活費は、どうしていましたか?
フリーターをしていた頃は、東京で一人暮らしをしていたんですが、看護学校に通うことに決めて、神奈川の実家に戻りました。学校も実家から通えるところを選びました。実家だと家賃がいらないので、お世話になりました。生活費として、月3万円を入れていました。
学校の夏休みが1カ月あったので、夏休みだけ、コールセンターで単発のアルバイトをしていました。
ーー30代後半から看護師を目指すことに、迷いはありませんでしたか?
ものすごく迷いました。それこそ何カ月も悩みましたね。これから学校に入って、40歳くらいで新人になるって、私大丈夫かなって。周りはみんな若い人だろうし、私のプライドが持つかなって。
悩みに悩んで、やる気がみなぎっている日に、「えいや!」で入学を申し込みました。
――入学試験などはあるんですか?
ありました。高校入試のような問題で、中学の勉強をやり直しました。面談もありました。3年制の看護専門学校で、倍率は1.5倍くらいだったと思います。落ちる可能性もあったので、無事に受かってよかったです。
――ご家族や友人に話したとき、どんな反応でしたか?
親はもう私のことを大人だと思っているので、何も言いませんでした。「あ、そう」みたいな感じで(笑)特に反対も賛成もされず。友達は「すごい! 頑張って!」と応援してくれて、今でも「本当に尊敬する」と言ってくれます。ありがたい存在です。
――実際に学校へ入ってみて、どうでしたか?
同じ目標を持つ仲間がいたので、心強かったですね。クラスメイトは20代の女の子がほとんどで、私が一番年上でした(笑)
最初は年齢差を気にしましたけど、授業が始まったらそんなことを考える余裕がなくなったし、みんな仲良くしてくれました。みんなで食事にも行ったりもしてましたよ。
――体力的にはどうでしたか?
私は体力に自信があるほうなので、忙しくてボロボロになる、みたいなことはなかったです。
でも、若い子たちが昼休みにカップラーメンや菓子パンを食べているなか、私は家から持参したおにぎりを食べていました。「この年でカップラーメンだけだと、肌にもろに出る」と思って。そういうところに年齢を感じましたね。
――逆に、30代後半だったから楽だったなと思うことはありますか?
年を取ると、その分経験値もあって、いろんな人間を見てきているので、実習で怒られたり注意されたりしても、冷静に対応できたところです。理不尽なことを言われても「あ、この人はこういう人なんだな」と思えたり。若いと、そのまま受け取っちゃうじゃないですか。
あと、私はコールセンターでクレーム対応を山ほどやってきたので、怒られ慣れしているんですよね。受け流せるのはよかったと思っています。
――学校生活で、「もう辞めたい」と思ったことはありましたか?
ないですね。もう後戻りできないって分かっていたので。ここで辞めたら、またアルバイト生活に戻って、同じことの繰り返しだと分かっていました。絶対に辞めないということだけは決めていました。
ーー国家資格に合格したときは、どんな気分でしたか?
看護師試験の合格率は95%くらいあるので、受かるとは思っていて、合格自体にはあまり感動しなかったです。でも、この私が最後まで何かを成し遂げたってことは嬉しかったです。
ものすごく勉強しましたからね。特に試験前の1カ月くらいは猛勉強で、あんなに勉強したのは後にも先にもないと思います。
ーー病院で働き始めたときは、どうでしたか?
学校の系列病院で働き始めたんですが、仕事は正直大変でした。学校のときは「もう辞めたい」とは思わなかったんですけど、仕事になると、頻繁に「もう辞めたい」と思うようになりました。
ーーなぜ「もう辞めたい」と思ったんですか?
夜勤がかなりキツかったです。夕方5時から朝9時までだったんですけど、生活のリズムが乱れて、疲れきって、休みの日は1日中寝てました。
あと、失敗が続くと「私は看護師に向いてない」と思って、辞めたくなりました。でも、学費免除のために2年間は頑張ろうと、なんとか踏ん張りました。
1年目はそんな感じでしたが、2年目くらいから後輩も入ってきて、徐々に慣れて、1年目ほどのつらさはなくなりました。でも、夜勤は嫌でしたね。
ーー年下の先輩から、仕事を教えてもらうこともあったと思いますが、そのあたりはどうでしたか?
年齢は気になりませんでした。というか、そんなことを気にする余裕もなかったです(笑)
ーー2年で系列病院を辞めたのは、なぜですか? 今のクリニックには、どうやってたどり着きましたか?
夜勤がキツかったからです。正直、途中から「学費の返済が免除される2年間だけ働いたら辞めよう」と思いながら働いていました。そう決めておかないと、この生活スタイルが永遠に続くと思うと、メンタルがもたなかったので。
2年働いたところで系列病院を辞めて、今のクリニックに転職しました。求人を見て探したんですが、循環器内科じゃなくても、眼科でも外科でもなんでもよかったんです。その中で、待遇面がよいところを選びました。
ーー今働いているクリニックはどうですか?
前の病院とはまったく違って、のんびりした雰囲気で、ゆったり働いています。急患もいないし、慌ただしくないし、夜勤もありません。クリニックなので、同じ患者さんに何度も会って話ができるのも楽しいですね。今は大変なことは全くないです。
ーーコールセンター時代と比べて収入はどう変わりましたか?
1カ月の給与は、コールセンターのときと変わらないです。でも、賞与が年2回あるし、拘束時間も短くて、時給に換算したら、コールセンターのときの1.5倍にはなっている感じです。
ーー看護師になって、「これはよかった」と一番感じることは何ですか?
将来の見通しが立ったことと、自分に自信が持てたことですね。どこでも求人があるので食いっぱぐれないし、将来に対する不安がかなり減ったことも良かったと思います。
昔は将来が不安で、「このままでいいのかな」とずっと考えていたので、今のほうがずっと気持ちが楽です。
あの時の私、本当に感謝している

ーー20代の頃、44歳の自分が今のような生活をしていると想像していましたか?
20代の頃は、看護師という選択肢が自分の中になかったので、今の自分は全く想像していないです。まさか自分が看護師になっているとは、って感じです。
ーー結婚や子どもについては、今どう考えていますか?
出産はもう諦めています。結婚は、機会があればって感じで、どっちでもいいです。
でも正直、子連れのママを見ると、私も子どもがいたらよかったなぁって羨ましくなることがあります。婚活しなかった私が悪いんですが、そこは後悔してます。でも、過去を振り返ってもどうしようもないと割り切って、今の人生も楽しいぞと言い聞かせてる感じです。
ーーお金や老後については、何か備えをしていますか?
コールセンターで働いていたときの同僚が、NISAを始めたって話を聞いて、私もNISAを毎月積み立てでやっています。看護学校に通っていたときは払えなかったので、一時期停止していたんですけど、働き始めてからまた、NISAを始めました。それ以外は何もしていないです。
あと、看護師になってから高齢の患者さんをたくさん見てきて、自分もこうなるのかなと思ったら、怖くなることがあります。なので、なるべく健康でいようとは気をつけるようになりました。
ーー今後は、どんな働き方をしていきたいですか?
看護師ならどこでも働けるので、今はこの生活でもいいんですが、他の地方に行ってもいいし、その時になって行きたいところに行って働きたいなと思っています。
ーー50歳になったとき、どこで何をしていたいですか?
ちょっと分からないですね。今の生活に満足できているので、このままでもいいかなとも思うし。今はまだ考えていないです。
ーー30代後半で看護師を目指したことを、今振り返るとどう思いますか?
自分で自分を褒めてあげたいです。あの時の私、本当にありがとうって感謝しています(笑)
ーーもし今、30代後半や40代で「今から学校に行っても遅いかな」と迷っている女性がいたら、経験者として何を伝えたいですか?
資格も正社員の経験もなく、ずっとフリーターだった私が、44歳で満足できる生活を送れているので、もう遅いとか考えなくていいのかなと思います。
ーー最後に、44歳の今、自分の人生って面白いですか?
面白くはないと思います(笑)面白い人生を送れている人が羨ましいですね。
フリーターであることが恥ずかしくて、37歳で看護学校に入学し、40歳で国家資格を取った三苫さん。
何を始めるにしても本人次第、「今からじゃ遅いかな」という迷いをかき消してくれるようなインタビューでした。